4.1 UPDATE ◆プロレスのような




「1976年のアントニオ猪木」(柳澤 健/文藝春秋/1800円+税)

文句なくお薦めです、ちょっと長いけど、というか
持ち歩くにはちょっと重い406ページですが、お薦めです。

僕は力道山のプロレスを子供の頃テレビで見た世代で
猪木が新日本プロレスを興した1972年には中学生、
ルスカ戦、アリ戦、ペールワン戦を行った
表題の1976年には大学生でした。

子供の頃から家族でプロレスを見ていましたが
3つ下の弟は僕以上にプロレスにはまり
確かまだ中学生だった頃から東京スポーツを家に宅配してもらっていました
(東スポを宅配してもらっている家なんて今でも余りないだろうし
 当時は恐らく殆どなかったのでは...)。

ゴングやプロレスなどはもちろん毎号買っていました。
弟は東スポやそういう専門誌をすべてとっておいたので
あっと言う間に部屋はストックでいっぱいになって
そのうち紙の重さで床が抜けるのではと
ちょっと心配だったことを覚えています。

弟がプロレスへ走った分、僕は野球へ走るようになって
僕の部屋は野球の本と雑誌と新聞の切り抜きでいっぱいになりました。
話がどんどん逸れていきますが書いているうちに次々と思い出してきます。
僕はその後、社会人になってもプロ野球はもちろん
たまにプロレスも見に行ったりしていました。

さて何が書きたいのかというと
そこそこのプロレスファンだった僕が何故
リオでの第1回ビーチバレー世界選手権(87年)を見た時に
「プロレスのようだ」と思ったかということです。
いや、大会全体に対してあるいはビーチバレー全体に対して
そう思ったのではなく、正確に言えば
「シンジン/ストクロス」というチームに対してそう思ったんです。

この2人は他の国の選手たち、あるいは他のアメリカ選手たちと比べても
圧倒的にキャラが立っていて、個性的でした。
とくにシンジンはハンサムでありテクニシャンであるのに加えて
口が立つというか喋りや仕種でも個性を発揮していて
何と言うのでしょうか?先ずその派手さで目を引き
試合が終わってみると勝っている実力者でした。

チーム自体の強さの印象はパートナーであるストクロスの
マルチなスキルと「猛獣」を連想させる筋肉質の肉体によるところが大きく、
まるでシンジンがその猛獣を言葉のムチで思い通りに使う猛獣使いに見えました
(これ、今から思えば「アングル」とか「ライン」とか「ノーバディ」と
 言っていた訳なんですが、そう見えたんですね、その時は)。

・2人とも個性が立っていた
・2人とも特にストクロスが最高に鍛練された肉体を持っていた
・シンジンの動きがオーバーアクションだった
・ストクロスが世界一のパワービーチバレーを披露していた
・ビキニかトランクスかの違いはあっても試合をする格好がプロレスと似ていた
・攻めと守りのいわゆる攻防が明解だった
・照明と太陽の違いはあれ戦う場が光に溢れていた
・プレーの動きがわかりやすく大きく派手だった

そういうところが「ビーチバレーってプロレスのようだ」と
僕に思わせたんだと今思います。
そして現代のビーチバレーからはあの「プロレス」くささが消えて
競技中心のどちらかというとアマチュアっぽい雰囲気が
主流を占めているような気がします。

それは初めてオリンピック種目になったアトランタでも感じたことですが、
裸が正式な競技姿だったAVPからタンクトップをきっちり着るFIVBに
変わっていった際にも感じたことでした。

どっちがいいかはわかりませんが
昔の方がビーチバリヤーのたたずまいにプロっぽさがありました。
そんなことを意識している場合じゃないほど
今はプレーそのものの凌ぎ合いやチーム同士の闘いのレベルが
猛烈に激しいのかも知れません。

あるいはプロレスから総合格闘技へと人々の嗜好が移ってきたように
時代がそういうオーバーアクションを望まず
シリアスなパフォーマンスを求めているのかも知れません。
でも僕がビーチバレーに人目惚れしてシビレたのは
あの「プロレスっぽさ」「だけど、リアルファイト」に
あったんだけどなぁ.....と思うと、今でも
正統派アクション系ビーチバレーを引き継いでいるのは
日本の朝日健太郎だったりするようにも思います。


(UPDATE 3340 針谷 和昌)