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12.24 UPDATE ◆パティ&マイク |
マイク・ドッドと会う前にパティ・ドッドと会った。 パティは西新宿の住友三角ビルの前に特設されたビーチバレー会場 (大手建設会社の手による設営で、スタンド付き、照明付き、 そしてちょっと周りが狭かったけど、練習コート付きだった) にWPVA(米・女子プロバレー協会=AVP女子版で今はない)の 公式戦に出場して、しかもディフェンディングチャンピオンだった。 パートナーはあのアトランタ五輪金メダルのジャッキー・シルヴァ (ブラジル=WPVAトップ選手として活躍)だった。 この「全米女子プロビーチバレー公式戦」はその前年の 1989年に鵠沼海岸で外資系煙草会社の冠協賛で行われ、 2年目のこの都市は「都会の真夏にオアシスを」をキャッチコピーに 新宿副都心の中心地でやるという話題溢れる大会だった。 NHKのニュースにもなったことを覚えている。 何でこんなに覚えているかと言うと それが「ビーチバレー」であるからというのは勿論のこと この大会をプロデュースしていた会社が僕が元所属していた会社で、 僕がスポーツの世界に入るきっかけとなった会社だったからだ。 その会社の社長は「アメリカへ行くかアメリカを呼ぶか」という キャッチフレーズを常套句にしていたくらい アメリカのスポーツそのものを日本に持って来る個性溢れる社長で 例えば鵠沼海岸での1年目にはクーラーがよく効いた大テント内に 赤坂高級寿司屋のカウンターを再現し(もちろん板前さんも) 都内有名デパートの洋食も料理人と味はそのまま持ち込んで スポンサーやメディアにサービスするということをやる人だった。 日本のビーチの上にあれだけの料理テントができたのは たぶん前代未聞だっただろうと思う (この会社や社長のことはこの間とある大学で スポーツマーケティングの講議した時に紹介した。 もう少しまとめて過去の資料も出てきたら ちゃんとまとめてみたいと思っているので、 いずれまた書くことがあると思う)。 それはともかく、この新宿の大会の途中に強烈な雷雨があって 第一日の試合はそのまま中断か何かになって パティにインタビューを申し込んでいたので そのまま彼女達の宿泊先のホテルへ行って話を聞いた。 パティがマイク・ドッドというAVPを代表する選手の1人であり パティ自身からも女子ビーチバレーのことを詳しく聞きたかったからだ。 こちらも思いっきり雨に濡れたのでパティが大会ロゴの入った 大きなバスタオルを貸してくれてそのまま持って帰ってと言われて そのタオルは今でも我が家にあるが、そうやってドッド家との交流が始まった。 マイクとは前々年の2月のブラジル・リオで開催された 「第2回ビーチバレー世界選手権」で言葉を交わしていたが 定期的に連絡を取り合うようになったのは、これ以後である。 パティは気さくでかっこいいアスリート、というのがその時の僕の第一印象だ。 彼女はその後、マイクとの間に2女をもうけ、働き、そしてたまにコーチもやって (中野照子/石坂有紀子がマイクの家で合宿した時に マイクと共に2人をコーチングしてくれた) ちょっと前に紹介したがOB戦のような大会に出場して、プレーしている。 マイクは現役の米トップチームの1つをコーチをしているし (日本選手で言えば以前、高尾和行を教えたこともある) 誰でも本気で彼らにコーチをしてもらいたいと思う選手がいたら連絡を下さい。 彼らは日本贔屓なので、勿論いろんな条件が合えばだけれど、 真剣に教えてくれることは間違いありません。 (UPDATE 3286 針谷 和昌) ※昨日、機会があったら書いてみると書いたことを、 もう今日書いてしまった。 こういう形のページになってから書き込み欄がないので 読んで下さっている皆さんが面白いかどうかが分からない。 そういう感想、それからコーチの話について何かあったら kju@beachvolley.co.jp までメール下さい。お待ちしてます。 |