1.23 UPDATE ◆最終講議




「日比野弘最終講議が22日に
 早稲田の大隈講堂でありますよ。
 親父は早大(教授)だけでなく
 ラグビー協会(会長代行)も
 体協(常務理事)も退任します。
 その日僕は行かないけど
 針谷さんは関心がありそうなので....」

日比野弘さんの息子、勉さんが教えてくれた。
日比野勉さんはテレビ東京で ずっとビーチバレーを担当されている。

よく似ている息子さんから言われて思い出したのは
お父さんの笑い声と笑顔。
息子さんと飲んだ時に息子さんがお父さんに電話を掛け
途中で僕に替わってくれて簡単な自己紹介と
今度ゆっくりお話を聞かせてください
なんて話をした時に返ってきた笑い声だったり
一昨年のワールドカップラグビーへの日本代表壮行会で
初めて顔を合わせてご挨拶させて頂いた時の笑顔だったり。

それと思い出したのが以前このコラムでご紹介した
大西鐵之祐「荒ぶる魂」が
大西教授の早稲田大学“最後”の1年間の講議録だったこと。

大西教授も早稲田と日本代表のラグビーの元監督で
日比野弘さんが影響を受けている人でもあるし
(講議を聴いてわかったが大西監督は
 日比野弘さんが早大ラグビー部へ入部した時の監督であり
 講議では『恩師』と言われていた)
“最後”であるからあらゆることが集約された
密度の濃い講議になるだろうという期待が高まって、
僕はスケジュール帳に日比野弘最終講議と書き入れて
この日を待っていた。

学生でなくても入れるのかという心配があったが
当日朝の新聞記事でも最終講議が予告されていて
その中に一般でも入れると書いてあったので
安心して早稲田へ向かった。
生まれて初めての早稲田キャンパスである。

大隈講堂には開講20分前ぐらいに着いたが
1Fは既にほとんで席がうまっていて
今まさに2F席を開けようかというところ。
僕は運良く2Fの一番前の席に座ることができた。
定刻には2Fもほぼ満席の状態。

講議が始まった直後のお話で
ラグビーによってできた友達について語られている時に
日比野弘さんは一度だけ言葉につまって感無量という場面があった。

聴いているこちらは90分の講議のあいだ
何回もグッと来た(でも何とかこらえていた)。
それは、日比野さんが言葉につまられた時だったり
努力は運を支配するというお話だったり
選手たちの競い合いと同時に生まれる友情エピソードだったり
フェアプレーやチームワークのお話だったりしたのだが、
最後に日比野さんが教壇を笑顔で降りられる時
その晴れ晴れとした日比野さんの姿を見て
こらえていたものが一気に溢れ出た。

最終講議で話されたことは
どれも心にしみ入るものだった。
中でも
ノーサイド、フェアプレー、チームワーク
ラグビーの象徴として日比野さんが話されたこの3つの言葉と、
個々の役割と犠牲的精神の上に成り立つチームワークのお話、
そして何よりも日比野弘さんの大らかな人間性が
心に深く残った。


(UPDATE 2760 針谷 和昌)