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SPECIAL INTERVIEW★Toshi Toyoda #2 若者の憧れカリフォルニアに行きたい |
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ Toshi Toyoda #2 若者の憧れカリフォルニアに行きたい ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ◆セッターなのにブロックもスパイクも 3年生になって自分からセンターに転向したいと願い出ました。セ ンターの方がおもしろそうだったのと、私の場合、セッターなのに ブロックもスパイクもやっていたので。センターに転向させてもら って、他の選手も育って来たり、新たに良い選手が入って来たりし て、4年になって良い成績を修めることができました。全日本大学 選手権で日大とうちが同率3位でした。他の1〜3位チームは1部、 われわれだけ2部だったので、快挙ではあったと思います。 その年の全日本選手権でもベスト8になりましたが、専売広島に負 けました。敗者復活戦で住友金属と当たり、このチームは国体で優 勝したチームでしたが、15-8、15-8で破った。住金に町田さんと いう選手がいて、三田の体育館では猫田さん、町田さんには随分し ごかれてましたので、試合が終わった後に「ありがとうございまし た」と言ったら渋い顔してましたね。 ◆勝つ自信があった その後、日本鋼管とやることになって、われわれは勝つ自信があっ たのですが、最初もう1つの試合の松下―専売戦とわれわれの試合 を同時にやる予定だったのが、先に松下―専売、次に鋼管―慶應と なって、松下―専売戦のあいだ中、となりのコートでわれわれはず っと練習させられていたんです。当時のわれわれの監督は頑固でし たので、試合前なのにずっと2時間ウォームアップし続けた。もと もと試合の予定だったのでその前にも2時間やっていましたから、 明らかにアップのし過ぎです。 結局、鋼管戦はフルセットになってい、本来勝っているはずだった のに、くたびれて声も出なくなって負けた。鋼管に大古もいた時で す。あれは大学最後の年でもあり、とても残念でした。最後は中央 が優勝したんですが、お互い学生同士、がんばろうって言い合って いましたから。 ◆アメリカの大学へ行きたい 学生時代は1週間に7日、1日5時間練習をやらされてました。学 校へ行ったのかバレーをやってんのかわからない。合宿ともなると 1日10時間以上練習。なので卒業する時に何の勉強もしてないと 思いました。そんな訳で卒業後に実業団でバレーをやる気はなかっ た。大学院かアメリカの大学へ行きたいと思い、英語学校に通って 準備を始めました。アメリカの中でもカリフォルニアに行きたい。 若者の憧れ。そうするとUCLAかUSC。 慶應では松平さんがコーチに来てくれることもあって、1年のとき 初めて見て誰だろう?と思ったけど、あの小さい人が来ると空気が ピーンと張りつめる。「あれは松平さんと言ってナショナルチーム のコーチだよ。選手時代もすごい人だったんだ」と聞かされて、な るほどなぁと思いました。その松平さんには可愛がって頂いて、結 婚式でもスピーチしてもらったりしたんですが、その松平さんに留 学の話をした時に、アメリカではUCLAが強いよ、というアドバイ スもしてくれました。 最終的に決めたのは、プライベートつまり私立か公立かという点で した。慶應は私立ですから、今度は公立に行ってみようと思った。 USCは私立、UCLAは州立でしたので、UCLAを選びました。UCLA へ勉強目的で行きましたが、勉強だけだと運動不足にもなるので、 バレー部の練習だけ出てもいいか?と松平さんから名前を聞いてい たコーチに訊いてみました。そうしたら「ぜひ来い!」ってことに なりました。 [2/4] Toshi Toyoda 豊田 俊明 とよだ としあき 1946年1月3日東京都台東区御徒町生まれ 身長170cm 体重63kg(選手時代) プライスウォーターハウスクーパースLLPバンクーバー事務所 勤務 日経企業サービス統括責任者 カナダ勅許会計士、米国公認会計士 「子供は息子が28歳、あと娘が3人います。 スポーツはゴルフは楽しみ、テニスは エクササイズがわりにやっています」 |