12/10 UPDATE ◆フェアプレーとは何か?




「フェアプレーとは何か?」をじっくり考える機会があった。

例えばマリーシアとフェアプレーは両立するのか?
サッカーでユニフォームの引っぱり合いはアンフェアではないのか?
駆けっこで後ろの選手が前の走者に唾をかけてプレッシャーを与えるのは
戦術の1つで闘志の現れと見なすのかアンフェアなのか?
ルールを守ることがそのままフェアプレイに繋がるのか?
なぜメジャーリーグでは大差がついた試合で
勝っている側が盗塁しても盗塁として記録されないのか?
ビーチバレーで試合に関係ない部分で(つまり誰も殆ど見てない場面で)
ネットに手や身体が触れてしまった場合に自己申請すべきなのか?
柔道で誤審で勝ったと思った時に(審判に対する敬意をなくさずに)
審判の判定は誤りで自分が負けだと正直に言う選手はいるのだろうか?
ゴルフで誰も見ていないところで空振りしても
いつもちゃんと1打とカウントできるのだろうか?
メジャーリーグで味方がビーンボールを投げられたら
仕返ししなければ男でないと言われているがそれはアンフェアではないのか?ノ

上記の判断はとても難しいが
それをやった後で自分をごまかさないで心の中を見つめたとき
自分の中に嫌なものが残るか残らないかで
フェアかアンフェアかがわかるような気がする。

こういうことをちゃんと体系的に語っているものはないだろうかと蔵書の中から
「闘争の倫理 スポーツの本源を問う」(大西鉄之祐/中央公論社/3800円)
を引っぱり出して読み直している最中にちょうど本屋に並んでいたのが

「大西鐵之祐ノート 『荒ぶる魂』早稲田ラグビーの真髄」
(益子俊志・清宮克幸 監修/講談社/1800円)

で、95年に79歳で亡くなった元早稲田大学ラグビー部そして
元ラグビー日本代表監督であり、大西氏の早稲田大学教授としての
最後の1年間の講議「人間とスポーツ」の採録である。

・フェアとジャストは違う
・基準(ルール)の善悪に照らして善悪を決めることがジャスト
・あらかじめ決まっていない事態にぶつかった時やる行動が
 フェアかフェアでないか
・汚いかきれいか、それがフェア
・フェアにやると言うやり方をスポーツは教えてくれる
・遊び→技術の追求→勝つ楽しみ→スポーツに惚れる
・惚れさせるためにはそのスポーツが本当にフィットしているかどうか
 子供にはいろんなスポーツをやらせて
 どのスポーツが好きなのかを選ばせる
 そのことがスポーツを本当に好きにさせて
 自らやっていこうという積極性を育てる第一

以上はほんの一部で、全編含蓄のある理論に貫かれていて
プレイヤーにとっても指導者にとっても
オーガナイザーにとっても常に自分の手の届く所へ置いておいて
定期的に自分のやっていることを見直してみるといいのではないかと思う。
クラブについてもその在り方がちゃんと書いてある。

(UPDATE 2727 針谷 和昌)